お知らせ
日向・細島の作戦会議 ~それは、突然始まる~
2026/09/15
昨夜、くつろいでいたところに一本の電話が入りました。「これから細島の“治栄”で集まるんだけど、来れる?」。その声の感じで、ただの飲み会ではなく、ここ最近話していたあの件を共有する流れだと、すぐにわかりました。ノンアルコールでもいいやと車を出し、電話を切ってから十分後には、暖簾をくぐっていました。
店に入ると、いつものメンバーに加えて、初めて会う人、噂では聞いていたけれど面識のなかった人、そして途中からは仕事帰りのメンバーの奥さんまで合流して、気づけばすっかり細島らしい賑やかな顔ぶれになっていました。
話題の中心のひとりは、八十代のご夫婦です。細島出身の奥さんは高校を出てから東京の学校に進み、そのまま東京で働き始めた方でした。東京で出会ったご主人と二人三脚で働き、十数年前にこの町へ夫婦で戻ってきたのだと言います。東京の話、細島の話、これからの町の話。その語り口が、なんとも温かい。
もうひとり、以前から親しくしている男性がいます。細島生まれの細島育ちで、大学で県外に出てからは、都会でITや飲食の仕事をしていたそうです。それでも地元への思いは変わらず、正月やお盆に帰らなくても、港のお祭りの日だけは必ず帰ってきて、神輿を担いでいたのだと、本人ではなく周りの人が笑いながら教えてくれました。数年前にこの町へ戻り、まずは漁業に関わる仕事に就き、やがて自分の船を持つようになったのだと聞いています。新しい漁のやり方を模索しながら、町の中心にもなっている人でした。彼と縁ができたのは、地域の取り組みを通じてで、その後もBBQや祭りに誘ってもらう仲になっています。地元でもない自分がここまで懐に入れてもらえることに、いつも少し驚かされます。
さらに、大阪出身で転勤をきっかけにこの町に来て、そのまま独立してゲストハウスを始めた人とも、この夜初めてゆっくり話すことができました。事業を太くするのか、広げるのか。その悩みが自分たちの経験と重なって、つい二人で話し込んでしまいました。
そんな中、東京帰りの奥さんから「あなたたちも一緒に話しましょうよ」と声をかけられ、気づけば世代を超えたミーティングが始まっていました。あんな人が戻ってくるらしい。あそこの空き家が売れたらしい。倉庫を壊した空き地で何かできないか。隣の空き地を買って、獲れた魚を町で加工できる場所を作りたい。向かいの家の空き家活用について、ちょっと相談に乗ってほしい。話題はどれも、この町のこれからのことばかりでした。
やがて、その加工場の話をしていた彼から、「そういえば、民泊を始めた頃ってどうだった?」と聞かれました。不動産の仕事としてではなく、同じようにこの町で空き家と向き合ってきた仲間として、経験を聞きたいという口ぶりでした。あの頃どこにつまずいたか、何から手をつけたか。求められるままに、思い出しながら話しました。四十代の仲間が中心になって動き始めていることを、八十代の奥さんが嬉しそうに応援している。この町の人情の厚さを、こういう場でいつも実感します。
気づけば閉店の時間でした。「次はうちで飲もうや」と誰かが言い出し、その場で次の集まりが決まりました。この町では、飲み会――いや、飲み方の中で、物事の感覚や人間関係が育っていきます。昨夜もまた、そんな細島らしい夜でした。
店に入ると、いつものメンバーに加えて、初めて会う人、噂では聞いていたけれど面識のなかった人、そして途中からは仕事帰りのメンバーの奥さんまで合流して、気づけばすっかり細島らしい賑やかな顔ぶれになっていました。
話題の中心のひとりは、八十代のご夫婦です。細島出身の奥さんは高校を出てから東京の学校に進み、そのまま東京で働き始めた方でした。東京で出会ったご主人と二人三脚で働き、十数年前にこの町へ夫婦で戻ってきたのだと言います。東京の話、細島の話、これからの町の話。その語り口が、なんとも温かい。
もうひとり、以前から親しくしている男性がいます。細島生まれの細島育ちで、大学で県外に出てからは、都会でITや飲食の仕事をしていたそうです。それでも地元への思いは変わらず、正月やお盆に帰らなくても、港のお祭りの日だけは必ず帰ってきて、神輿を担いでいたのだと、本人ではなく周りの人が笑いながら教えてくれました。数年前にこの町へ戻り、まずは漁業に関わる仕事に就き、やがて自分の船を持つようになったのだと聞いています。新しい漁のやり方を模索しながら、町の中心にもなっている人でした。彼と縁ができたのは、地域の取り組みを通じてで、その後もBBQや祭りに誘ってもらう仲になっています。地元でもない自分がここまで懐に入れてもらえることに、いつも少し驚かされます。
さらに、大阪出身で転勤をきっかけにこの町に来て、そのまま独立してゲストハウスを始めた人とも、この夜初めてゆっくり話すことができました。事業を太くするのか、広げるのか。その悩みが自分たちの経験と重なって、つい二人で話し込んでしまいました。
そんな中、東京帰りの奥さんから「あなたたちも一緒に話しましょうよ」と声をかけられ、気づけば世代を超えたミーティングが始まっていました。あんな人が戻ってくるらしい。あそこの空き家が売れたらしい。倉庫を壊した空き地で何かできないか。隣の空き地を買って、獲れた魚を町で加工できる場所を作りたい。向かいの家の空き家活用について、ちょっと相談に乗ってほしい。話題はどれも、この町のこれからのことばかりでした。
やがて、その加工場の話をしていた彼から、「そういえば、民泊を始めた頃ってどうだった?」と聞かれました。不動産の仕事としてではなく、同じようにこの町で空き家と向き合ってきた仲間として、経験を聞きたいという口ぶりでした。あの頃どこにつまずいたか、何から手をつけたか。求められるままに、思い出しながら話しました。四十代の仲間が中心になって動き始めていることを、八十代の奥さんが嬉しそうに応援している。この町の人情の厚さを、こういう場でいつも実感します。
気づけば閉店の時間でした。「次はうちで飲もうや」と誰かが言い出し、その場で次の集まりが決まりました。この町では、飲み会――いや、飲み方の中で、物事の感覚や人間関係が育っていきます。昨夜もまた、そんな細島らしい夜でした。
